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小倉久寛×植木豪 〜keep the challenge〜
小倉久寛×植木豪 〜keep the challenge〜
「新しいこと、誰もやっていないことを創りたい。」クリエイターの誰もがそう思い、その想いが新しい時代を作り、また新たな世代が生まれる。流行としてあっという間に移ろうものもあれば、どの時代にも変わらない良さもある。

小倉さんが頑張り続け、期待に応える姿勢はまさに後者であり、お話を伺いながら、やさしい人柄や、さりげない気遣いに和み、穏やかな気持ちになれた。

今回、小倉さんを座長とする、その名も小倉久寛ひとり立ち公演『チ・ヨ・コ・レ・イ・ト〜ビターな大人のラブコメディ〜』で共演する植木さん。彼のように15年以上プロダクション所属のプロとして活躍しているダンサーは皆無であり、プロフェッショナルが人の心を動かす瞬間や、想いを実現していくことの難しさ、大切さを改めて感じたインタビューとなった。

小倉久寛小倉久寛

1954 年、三重県生まれ。学習院大学法学部卒業。1979 年、三宅裕司主宰「劇団スーパー・エキセントリック・シアター」の旗揚げに参加。映画、ドラマ、CM にも多数出演し、幅広く活躍。舞台では、『ローマの休日 〜Roman Holiday〜』(2010)、平成23年明治座初春公演 コント55 号 THE LAST!!『いかん どっかん あっけらかん』、『伊東四朗一座・熱海五郎一座合同公演〜「こんにちは 赤ちゃん」』(2011)、SET番外公演『あちらをたてれば、こちらがたたず』、『熱海五郎一座「落語日本花吹雪〜出囃子は殺しのブルース〜」』、SET第50回記念本公演『上海ローズ』(2012)に出演。



植木豪(PaniCrew)植木豪(PaniCrew)

1975年生まれ、福岡県出身。ボーカルダンスグループ「PaniCrew」のメンバー。1998 年 にイギリスで開催された世界大会「UK ブレイクダンスチャンピオンシップ」に日本代表チームの一員として初出場・初優勝の快挙を成し遂げる。その後、2006 年地球ゴージャスの舞台『HUMANITY』で、初ミュージカル出演。以降、舞台『ハイスクール・ミュージカル』(2007)『グリース』(2008)『アルターボーイズ』(2009)『ザ・ミュージックマン』(2010)などに出演し、『フットルース』(2009)では初主演を果たす。また小倉久寛ひとり立ち公演には全作品に出演。他にも『ORANGE 』『陰陽師〜Light andShadow』、『タンブリングvol.2』等に出演。

三宅裕司との出会い。

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小倉さんが舞台の道に入ったきっかけはなんだったのですか?

小倉

小倉久寛僕は大学に入ったとき、自分は将来、普通のサラリーマンをするんだろうなと思っていました。ところが、時代がオイルショックになって、ものすごく不景気になったんです。

なので、大学を卒業してもなかなか就職ができない時期がありまして、どうしようかなと思っていました。

当時、僕は中村雅俊さんが大好きで、よく見ていたテレビで、「俺たちの○○」というシリーズがありまして、そのときは「俺たちの祭り」というドラマをやっていました。劇団に入っていろいろなことが起きるという演劇青年の話だったんです。

それを見ていたら、楽しそうだったものですから、「就職もなかなかできないし、劇団とかに入ってみようかな」と思ったんです。

芝居は興味もなければ、観たこともなかったので、観た方がいいと思い、情報誌を買ってきたら、「大江戸新喜劇旗揚げ公演」というのが目にとまったんですよ。「喜劇」なので、ただ騒いでるだけでいいと思いまして。

今思えば、まったくそうじゃない(笑)。えらい難しい道だったんですけどね。

それで、大江戸新喜劇に見学に行ったら、そこに三宅裕司がいたんです。主演でした。むちゃくちゃおもしろかったんです。お客さんをコロコロコロコロ手のひらで転がしてるようで、「おもしろいな〜!僕もここに入れてもらおう!」と思って、「入れてください。」って言ったら、「ダメです。」と(笑)。

旗揚げなんだし、入れてくれてもいいのにと思いましたが、「オーディションを受けてください。」と言われ、「オーディションあんのかぁ・・・そんなの受けたことないし、大丈夫かなぁ。」と思って行ったら、受けたのは2人だけでした。

結局、2人とも受かって、しかも、もう1人は別の劇団に行っちゃいましたからね。意味ないじゃないかと思ったんですけど(笑)。

ま、それで正式に入れてもらって、そこで1年半くらいやっているうちに、三宅さんが「独立して劇団を作る。おまえも来ないか。」と言われて、「行きます。三宅さんが作るなら行きますよ。」と行って今の劇団スーパー・エキセントリック・シアター(以下、SET)ができました。それが33年前ですかね。

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演劇の世界に入った時から、三宅さんと一緒に舞台を作ってきたんですね。

小倉

いやいや、僕はついてきただけですから。言うことをハイハイと聞いてきただけで、何もしてないですけど。三宅さんとは35年来の仲ですね。

ターボと2時間ダンスバトル。


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植木さんのダンスをはじめたきっかけは何でしたか?

植木

植木豪小学校5〜6年生のときに、兄貴とマイケル・ジャクソンの「ビリージーン」をテレビで観ていました。途中までは「女の人みたいな歌い方だな〜、声高いな〜」と思っていたんですが、ムーンウォークを見た瞬間に衝撃が走って、その日の夜は眠れなくなり、両親のいる1階に下りて「マイケル・ジャクソン観て眠れなくなった!」と言って親子で川の字で寝たという思い出があります。

そして、翌日から、とりあえずパントマイムみたいなことからやり始めました。田舎で何もないので、テレビの印象を思い出しながら。

あと、映画で「ムーンウォーカー」というのを映画館に見に行って、1日中座り続けて、何度も見まくって、家に帰ってから「こうだったかなぁ?」と思い出しながら練習したりもしました。

誕生日には親に「ムーンウォーカー」のレーザーディスクを買ってもらって、中学3年生までずーっとムーンウォークだけやってました。そこからはじまりました。

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なるほど。そこからブレイクダンスになっていくんですよね。

植木

ある日兄貴が「ブレイクダンス1、2」のレーザーディスクを誕生日にくれて、それもまたずっと観てました。

小倉

あ〜、僕も「ブレイクダンス」は映画館に見にいったよ。

植木

あ、そうなんですね。 僕、出演してたターボ役でお掃除してたブガルーシュリンプと六本木で会って、2時間バトルしたことがあるんですよ。

小倉

えぇ!?!?

植木

六本木のR Hallっていうクラブに来てたので、バトルを売って、最後はみんなに止められて終わるっていう(笑)。


小倉

ほ〜、かっこいいなぁ。

植木

僕は、とにかくあこがれのターボに会えた喜びで、「僕はあなたをずっと見てきたから、見てくれ!」って気持ちでしたね。

ドーーーンと蹴飛ばされました(笑)。


TDM

ストリートダンサーの活躍の場が広がってきましたが、最近ではイベントも多くなり、スタジオの発表会、その延長には舞台や自主公演があります。そうした流れでダンサーもアクティングをする機会が増えているのですが、今回のみなさんの作品にもダンスはふんだんに取り入れられているのでしょうか?

植木

今回というよりも、「ひとり立ち公演」の特徴だと思うんですが、みんなで新しいことに挑戦して、いつも心の汗をかくんです(笑)。

ただ、やるのではなく、できないこと、やりたいことをストーリーの中に入れて、本気でやっていくのがこの公演の特徴だと思います。

まだ稽古がはじまっていないので、どういったチャレンジになるかはわかりませんが、歌かもしれないし、楽器かもしれないし、いつもと違う踊りかもしれない。それを、若い世代や観てくださる人に、「あ、この人は、今回はこれで戦ってるんだな。」と見てもらうのが一番じゃないかなと。

TDM

もともと、ダンス以外の表現を吸収することには抵抗なく、興味があったんですか?

植木

そうですね。自分がなりたい自分になれればいいなって思っているので、そこからズレていたらやらないですけど、自分の頭に浮かぶイメージにあるものであれば、全部やりたいなと思っています。


TDM

小倉さんも、前回の公演で踊っている映像を見させていただいたんですが、ストリートダンスをされていましたよね!小倉さんにとってチャレンジだったと思うんですが、最初はどういう印象でしたか?

小倉

あ〜、あれね。ちょっと遅れてるやつでしょ?(笑)。ストリートダンスとかの踊りは、映画の「ブレイクダンス」とかが入って来た時代から、かっこいいな〜!と思ってましたよ。それまでのダンスとは全然違うダンスでしたからね。

ただ、踊りには縁がなくて・・・。でも、劇団は“ミュージカルアクションコメディ”としてやってるから、縁がないっていう言い方もおかしいんですけど(笑)。

なぜ、やることになったかと言うと、昔、あるテレビ番組で、社交ダンスの企画があって、たまたま出させてもらったんですが、コンテスト形式になっていて、その週は役者の大会だったんですけど、それがありがたいことに優勝させてもらったんです。

ちょうどその頃、SETでは、僕も若くないし、そんなに身体を動かさなくてもおいしい役・・・って言うと失礼ですけど(笑)、まぁ、2〜3週間本番をやるわけですし、20〜30代とは体力も違うわけですから、ちょっとメニューが違うような扱いというか、劇団の中でも気を使ってもらうわけです。要は、あまり身体を動かすこともなくなってきた時期でした。

でも、そのダンスの番組でいい成績を上げさせてもらったのを見て、マネージャーが、「今だったらぎりぎり体が動きますよ!体を動かすようなパフォーマンスをやりませんか!」と。

そう言ってくれて、「そう?じゃぁ、やってみようか?」という流れなので、僕がすごくダンスをやりたい!と言ったわけではなく、たまたまの流れでやることになったんです。

TDM

なるほど。マネージャーさんに背中を押されたんですね。

小倉

押されたっていうか、ドーーーンと蹴飛ばされました(笑)。

TDM

(笑)。

小倉

小倉植木それから、いざやろうとなったときに、ものすごくいいパフォーマンスをする人が、近くにいるじゃないか!と、同じ事務所の植木くんに声をかけて、一緒にやらせてもらうことになりました。

自分はえらいなと言えるのは、三宅裕司を見つけたこと。


TDM

今までの人生で大きな転機はありましたか?

小倉

植木くんは世界一にまでなったんだし、いろいろあるでしょう!僕は・・・ないな。

植木

いやいや(笑)。さっきお話しされた、三宅さんと一緒にやりたい!って思ったことじゃないですか?



小倉

まぁ、アレはちっちゃい転機だね。

植木

(笑)。

TDM

でも、身近にいた方が三宅さんだというのは、巡り会いというか運命を感じますね。

小倉

そうですね。まだ全然売れていない20代の三宅裕司を観て、「この人はすごいな!おもしろいな!」と思いましたし、けして口には出しませんが、「俺についてきたら、なんとかしてやるぜ。」という風が三宅さんから吹いていました。

なので、唯一、自分はえらいなと言えるのは、一個だけです。 三宅裕司を見つけた(笑)。

無名の三宅裕司を見つけて、「あ、この人についていけば、なんとかなる!」と、感じ取ったことですね。

TDM

三宅さんからしても、きっといい出会いだったんでしょうね。

小倉

うーん...僕はついてきただけですから(笑)。 でも、三宅さんを通り過ぎていった人たちもたくさんいました。入って来てはやめて、入って来てはやめていく。でも、僕は見る目があった(笑)。


TDM

出会った頃の三宅さんはどういう印象でしたか?

小倉

かっこ良くて、おもしろかったです。 今でも、三宅さんが言うことなんですが、“かっこよく、スマートな笑い、東京の喜劇”というのを昔から目指して、今も目指していますね。

世界大会に行った後の方が大変でした。


TDM

植木さんにとっての転機は?

植木

一番大きいのはダンスをはじめたこと。はじめる前と後では、生活も考えもまったく違うし、全部が変わりました。

ダンスをはじめる前までは、絵ばっか書いて、サッカーやって。そのとき流行っているものを追いかけたりしてたんですけど、やっぱり、負けたくない!というか、自分のオリジナルを創りたかったんです。

小倉

そうだ。絵を描いてたんだよね。美大だったんだよね。

植木

はい。絵で食って、踊りで遊ぼうと思ったら、逆になっちゃいましたね(笑)。

TDM

junkie sistaのTシャツデザインとか、その他にもいろんなロゴを作ったりされてるんですよね。

植木

植木はい。

でも、世界大会に行った後の方が大変でしたね。

世界大会に行くまでは、言っちゃえば好きな踊りやってれば、何でもいいんです。

当時、僕は技が2〜3個しかできなかったので、世界一として帰ってきてから、メディアの取材や仕事で、「ヘッドスピンできるんですか?」と言われれば、そこから必死に練習をしてできるようにしました。

「一番難しい技って何ですか?」
「エアートラックスですかね。」
「できるんですか?」
と聞かれるわけです。
「ヤバい」と思って、また練習してできるようにする。

TDM

できない自分をさらけ出せないんですね。

植木

そうですね。そこからがすごく大変でしたね。 「○○はできるんですか?」ばかりでしたから・・・

今は逆に、いろいろやった上で、自分のスタイルがあれば、できなくていいものもあるんだろうし、関係ない時代にもなってきてるんですけど、あのときは、今から15年前くらいですかね。

どこ行っても、世界一だと紹介されて、PaniCrewから誰か1人で踊るとなると、必ず自分になるので、他のメンバーよりも踊れるようにしておかないといけないとも思っていました。

小倉

年齢的にも、とんがってる歳だしね。


植木

そうですね。事務所で残って練習してましたね。その頃が大変でした。

TDM

今、事務所に所属してどれくらいなんですか?

植木

15年です。

TDM

すごい!ダンス人生のほとんどを事務所に所属しているダンサーさんということですよね。そういうストリートダンサーはほとんどいないと思います。

小倉

ほぉ。いないんですか。すごいことなんですね。

植木

そうですね。当時も事務所に入ったダンサーは周りにいなかったし、今まで続いているのは、いないかもしれないですね。

TDM

今後、もしかしたら、そういう影響力を持てるダンサーが増えていくかもしれないですね。事務所に所属している環境によって、何か自分にとって大きかったことはありますか?

植木

それこそ、今回もそうですけど、俳優の大先輩と一緒にステージに立てるということは、クラブで踊っているだけだと、それはあり得ないことだと思います。だから、僕らが、ステージで必要なことを、違う方向から学ばせていただけるのは、すごく大きいと思います。

先輩のお芝居を近くで見させてもらって、肌で感じて、勉強させてもらうと、やっぱりダンスも変わってくるし、そういうのが一番大きいことだなと思います。

小倉

いろんな人とあって、いろんなことができるのはいいですよね。いいものができると思います。

こんなこと言うと失礼かもしれませんが、芝居だけ、ダンスだけ、歌だけ、演奏だけじゃ飽きるということがあったとして、それらを一緒にしたら、すごくいいものができるかもしれないですもんね。

自分で踏み出したことはないんです。 


TDM

小倉さんが、普段、大事にしていることってありますか?

小倉

できているかは別として、やっぱり、お客さんですね。お客さんが楽しくなければ、意味がない。

TDM

ダンスの場合は、良くするために練習するという作業をするんですが、小倉さんにとって自分を高めるためにすることはありますか?

小倉

自分を高める...ん〜、難しいなぁ。

植木

小倉さんはSETに入ったときから、ずっとじゃないですか?落語をしたり、ダンスをしたり、ギターもやられてましたよね。

小倉

すべてのレベルが低すぎるけどね(笑)。

植木

いやいや。ずっとそういう挑戦をしていることがそうなんだと思いますよ。

小倉

あとは、稽古とか、練習とか、そういうのしかないですね。

TDM

:なるほど。自分のモチベーションと言うか、自分が日々向上していくために、何をしていますか?

小倉

わ〜、そんなねぇ。。。そんなこと、言う資格がないような気がするなぁ。

植木

みなさん、これやりたいな、これをこうしたい、こうやったらかっこよくなるなって思うことはいっぱいありますよね。そういうことを小倉さんは全部やられてるんですよね。

楽器やりたいなとなったら、練習して、ステージで披露する。踊りたいなとなったら、近くに僕がいたこともあるかもしれませんが、全部行動に移されてるのが、やっぱり、その向上心と言うか、僕たちが一番見習わなければならない。

落語、いいなと思ってやってみたいと思う人はいっぱいいると思うんですが、それを、ステージまで持っていける人は、ほとんどいないと思うので。 みんな、やりたいと言うのは簡単なんです。

それを、1人で座長としてやること自体、僕の立場で言えば、恐ろしくて、できないです。

小倉

やらされてるだけなんですよ(笑)。

植木

いえいえ(笑)。やらされたとしても、できないです。それがやっぱり、言ってる人とやってる人とはめちゃくちゃ大きい差があると思うので。

小倉

僕はたまたまそういうことをやらせてもらってますけど、環境がすごく恵まれているような気がするんです。

たとえば、座長になって芝居をやりましょう!というお話を頂いて、せっかく言ってくださるんだったら、じゃ、やろうかな。何もしないよりはいいかな、と。

落語も、たまたまやらない?という話をもらったので、そう言ってくれるんだったらやるよ、と。

演奏も、やらない?じゃ、やる、と。

そういう環境が人を整えてくれるというか、たまたまそういう話がきて、じゃ、やろうという話で、本当に恵まれてるなと思います。

何もないところから、自分でガッと踏み出したことはないんです。


TDM

でも、今日お話を聞いたところからすると、人間性というか、そういう環境に向き合う姿勢に動かされて応えていらっしゃるんだなと。

植木

やりませんか?って言われただけで、できることではないですからね。

TDM

それで、ダメだったら次に声はかからないでしょうしね。

植木

たとえば、僕に今ドラム演奏の仕事がきたら、やりませんって言うと思います。でも、小倉さんはきっとやってみようかなと思って、ステージまで持っていく。それを観て、僕もやってみようかなと思うかもしれません。

そうやって、若い世代が小倉さんについていこうと思うんだと思います。


TDM

今後の目標や挑戦、将来のビジョンはありますか?

植木

PaniCrewを結成した頃から目標にしている、ダンサーの地位を高めるということと、いろんなところで、役付でダンサーが出るということもちゃんとやっていかなきゃいけないと思います。

あとは、アメリカのマネじゃなく、みんな個人で作っていかないと、使い捨てのダンスになってしまうと思うので、そういうものを創っていきたいし、やっていきたいと思います。常にそれは考えて動いてます。



TDM

最後に、座長の小倉さんから皆様へメッセージをお願いします。

小倉

植木豪「ひとり立ち公演」と言っても、みんなに頼りながら、支えられながら作る舞台です。いろんなことを一生懸命やりたいと思います。一丸となってラストシーンに向かっていく熱を見て頂きたいです。「頑張ります」という言葉を嫌う人もいますが、これしかない。頑張ります!!

TDM

今日はありがとうございました。次回公演での新たな挑戦を楽しみにしてます!
'12/11/28 UPDATE
interview & photo by AKIKO
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