現場からの声。ダンサーによる指導用の教材はないのか?
TDM
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まず、今回このダンス指導に関するDVD教材が制作されることになったきっかけから教えてください。 |
高瀬
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僕の持っている情報として、YO-SINというプロのダンサーが活動していることからではなく、学校現場がどうなっているかという状況が私の身内や妻の周りに多く、常日頃のお付き合いの中で自然に出ていた話題なんです。
2012年度より、公立中学校で武道とダンスが男女共に必修になる。
これは生徒が好きに部活でやるのとはワケが違って、体育科の先生にとって見るととんでもなく大変なことなんだということが話題としてひとつ私の耳に入っていました。
要は、全国の公立中学校の体育科の授業に必ず入れなくてはいけなくなる。過去には選択で授業をしていた学校もあるわけですが、今度は必修になり、どこの公立中学校の1〜2年生でも、男女でやらなくてはいけなくなる。女子も武道を、男子もダンスをやらなくてはいけない。これはあまりまだ浸透していない部分で、メディアも武道が必修になったということは伝えていて、男女にダンスが必修になったという認識が非常に希薄な気がしています。いわゆる創作ダンスやフォークダンス、最近だとよさこい・ソーランなどは教えた実績はあるようですが、全ての学校にダンスに通じている先生がいるわけではなく、現場は大変な状態です。
そこで、もう一度文部科学省の「新しい学習指導要領」を丹念に読み直してみました。そこにはダンスの中でも、「創作ダンス」、「フォークダンス」、そして「現代的なリズムのダンス」という広範囲な言葉がありました。役所は方針だけ出せばいいかもしれませんが、実施するのは現場の先生たちです。子どもたちにダンスを一生懸命やらせることがどれだけ大変なことか、直感的にわかります。
子どもたちにやる気を出させてやってもらおうと考えたときに、「創作ダンス」、「フォークダンス」は男女共になかなか難しい気がするが、「現代的なリズムのダンス」の場合、指導要領にも「ヒップホップ」等とはっきり書かれているので、文部科学省公認で問題ない。YO-SINやプロのダンサーに指導してもらったり、指導用の教材はないのか?と聞かれ始めたのがきっかけです。それが、大体2007〜2008年くらいの会話ですね。
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現場で通用するものでなければ使ってもらえない。 まずは現場を知ることが私の鉄則です。
高瀬
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それまでも、YO-SINのようなプロのダンサーの価値や、エンターテイメントの世界でのポジションというのが、日本ではまだまだ低いという問題認識は持っていました。なので、彼らの地位を上げることになるのであればやってみようという気持ちがひとつ。
一方、全国の公立学校という現場において、先生たちがヒップホップとの接点を探しようがない。私も検索してみましたが、教材と呼ばれるものは実質なく、離島、山奥など全国津々浦々の先生にダンスの指導法を伝える手段としては、最初はDVDを試してみようかなと。採算が合わないかもしれないという予測もありましたが、でも、実際現場が困っているのであれば、やるしかなかったですね。
映像を流しっぱなしにして、生徒と一緒に先生も見ながら50分授業を組み立てられるような内容になっています。もちろん、先生がわかった上で指導できるのがベストですが、ヒップホップダンスをやったことがある先生はほとんどいないですし、指導できるレベルにすぐになるのは不可能だと思います。なので、この教材に沿って生徒と一緒に50分の授業の時間をやってみてもらえるようなつくりにしてあります。
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TDM
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音源も16曲ついているんですね。
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高瀬
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ダンサーのほうが音楽を探すのは自然なことだと思いますが、経験のない体育科の先生たちが、ダンス用の音楽を探すのはかなり難しい。実際、使う音楽を探すのも一苦労です。なので、今回はその配慮として、CDもつけました。もちろん、自分で探せるといいでしょうから、今回の解説書にも「お好きな方はトップチャートを参考に生徒に聞かせると喜びますよ」とは書いておきました。でも、すぐにはできないと思うのでね。後々は、生徒のほうからこの曲でやりたい!と言ってくることも想像できますけどね。
実際ダンスに対して学校教育が求めているものは運動だけではなくて、作品を創っていくことにもあります。ただ練習して終わり、ではなくて、最後に発表しあって相互に意見を出し合うことまでを教育効果として当然求めています。その過程の中でどこにウェイトを置いて生徒の評価にするかは、先生たちの方がプロなので、それぞれ工夫次第だと思います。その評価するための素材として教材を提供してあげることが必要だと思います。
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TDM
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私も2008年ごろ、今回のダンスの義務教育化を知って、ダンサー側からすると、新たに活躍できる場が増えるという意味で喜ばしいことだと思っていました。ただ、あまり予算がないなどの理由からか、義務教育化を1年後に控えた今も、特に周囲で動きがなく、何か役に立つことはないかと思いつつ、頭の片隅にあるだけでした。そんな時にこんなに身近なダンサーYO-SINが学校現場と近いところで頑張っていると知って、ぜひ取材したいと思ったんです。
高瀬さんとしても、国から頼まれたのではなく、現場に必要だと思ったから、あくまで個人的な活動としてDVDを作ったということでよろしいですか?
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高瀬
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ハイ、文科省から頼まれたわけではなく、私はその関係者でもありませんが、現場は大変なことになることがわかっています。どの教科でもそうですが、日本の教育現場は、お金がない、時間がない、先生の数が足りないという現状の中にあっても、新しい政策によって何かが変更になったときに、それに適応して消化できる高い能力が備わっています。そこで、何か自分も役に立てないかという関心がありました。
結局、最後は現場に対応でき、現場で通用するものでなければ使ってもらえない。なので、まずは現場を知るということが私の鉄則です。
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ヒップホップを啓発していくための教材。
TDM
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文部科学省からの許可などは必要ないのですか。
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高瀬
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許可は基本的にないと思いますね。売る側の出版社や教材メーカーが「文部科学省準拠」「新学習指導要領準拠」といったタイトルは欲しがるかもしれませんが、先生たちは現場で使い物になる教材を探しています。
各学校においてどうやって体育を指導していくかというのは大きな問題です。優れた理科の実験教材を導入するのとはワケが違っていて、ヒップホップを生徒に楽しんでもらえるようにするためには、何を1からやっていいのか・・・学校現場での前例がない。インストラクターを各学校に派遣してもらえるような措置もない。それに対して応えられるものは、ヒップホップダンス業界から提案していけたらいいと思います。
普通他の学校教材は数万円しますが、商売ベースではないので現場で役に立ってくれればいいなと思います。オーダーも離島やらいろいろバラバラで、先生たちはかなりの方が皆さん自費で買ってるんですよ。
ただ、ここでひとつ申し上げたいのは、この教材があくまで先生に向けたものであって、生徒一人ひとりに向けたもの(副読本のような)としては成立していないということ。我々としては、せっかく教育現場においてヒップホップに着目してもらっているのであれば、「授業として、ヒップホップのリズムやダンスをどうやって指導していけばいいのか」にまずつなげてもらい、啓発していくためには、誰かがその教材を作ってもいいんじゃないかという気持ちで始めました。なので、基本的に商売ベースで作られた商品ではありません。
やってみてわかったのですが、事例として活気ある授業を組み立てられている先生がいるという現実を知ったので、これは非常に嬉しいことだと思います。新学習指導要領は前政権の話なので変更になる可能性はありますが、よっぽどのことがない限り新学習指導要領の方向性そのものは変わらないと思いますし、続いて欲しいですね。
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相手は思春期の中学生。少しでもDVDでスムーズにできれば・・・
TDM
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ダンサーが自分の生まれ育った出身地にダンスで貢献できる仕組みができないかなと考えることがあるのですが、今回の義務教育化によってそのチャンスもあるでしょうか?
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高瀬
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このDVDを買ってくれた先生・学校とは、その後も質問や学校訪問依頼などがあり、それに対応できるようなサービスを実施しています。ただ、全国規模で考えた場合、うちだけではできませんし、各地域のダンサー、というか、踊れるよりもきちっと指導経験のある人が、公立学校に行ってちゃんと自覚を持って指導できれば、そういう仕組みも夢ではないかもしれませんね。
既にこのDVD教材をある地方で試してもらっているモデル校からの報告書が上がってきているのですが、地元のダンスインストラクターを探して「このビデオを参考にこういう授業をして欲しい」とお願いをしてやったようで、結果、とてもいい授業になり、インストラクターと生徒とのふれあいの中での教育効果もあったそうです。
先生たちは毎日生徒のことを見ているわけですが、思春期で不安定な彼らの心は毎日変わっていきます。そんな中でも、授業を盛り上げ、新しくやったことのないダンスを指導しなくてはならないわけですが、そこを少しでもこのDVD教材でスムーズにできればと思いますね。
YO-SINも母校やいくつかの学校に呼ばれました。担任の先生は「うちの生徒たちはおとなしいので・・・」とか、「レベルを見ながら指導してやってください。」と気遣います。地域のダンスインストラクターの存在によって、先生たちの指導がスムーズになるのであれば、十分ヒップホップダンスを教えるための流れとして、成り立つと思います。
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TDM
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YO-SINが母校に呼ばれた話を聞きましたが、その経緯は?
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高瀬
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子どもの頃からずっと育った町なので、親はずっと付き合いがあり、町会やPTAの間には知り合いが何人もいます。つながりを大事にする学校なので、総合学習の一環で卒業生を呼んで講義を開く企画があり、その中で地元出身のYO-SINもダンサーとして活動していることが知られていたので、声をかけてもらったのが最初です。
つい昨年も、地元高円寺の「高円寺フェス」にYO-SIN率いるヒップホップダンスユニットで出演しました。最近は高円寺商店街も古着屋に限らずファッションの店が増えたりして、若い世代の町にもなって、ダンスも受け入れられやすくなっていますからね。ボランティア出演ですが、その映像の版権は私が持つことが条件で引き受けましたけどね (笑) 。
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ダンスの道、反対から応援へ。
TDM
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今は地元にも貢献できて、事務所としてとしてDVD教材制作などダンスを応援されていますが、YO-SINがダンスを本格的に始めることには賛同できなかったのではないですか?
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高瀬
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できませんでしたねぇ。ダンスで食べていけるのか、心配でしたし、正直、いつやめるのかなと思っていました。
今回のDVDを作るにあたって、完璧ではありませんがヒップホップ系のダンサーについて知りました。どんな職業でも基本的には市場がないと成り立たないし、本人は好きなことをやっているので多少大変なことでもやってしまうと思いますが、単純に年齢や体力という物理的な問題があります。そして、自分ひとりで、ダンサーとして今の活動や収入のレベルを2〜3倍にすることは相当難しいことでしょう。身に付ける能力としては単に踊れるだけではなく、振付や演出などもないと食べていくことは難しいのではないかと思います。
前は確かにやめるだろうという感じで思っていましたが、今は本人たちがやれることを追求したほうがいいんじゃないかという認識になっています。自分が満足しちゃうだけではダメ。こういう教材のような成果を含めて、何かしらに貢献しつつ、自分の力を生かせる現場を増やして欲しいし、それが結果としてビジネスになるのであればそれを増やしていくべきかなと思います。
日本では、まだまだヒップホップのダンスやリズムはマイナーなものです。もっとそのスタイルが認められるような手段を、我々が押し上げていかないと、若者の彼らだけでは、その手段を持て余してしまって実現が難しいと思います。たとえば、他の業界のプロデューサーたちがその価値を上げていったり、いろんな人とのつながりをつなげていくことが必要だと思います。
若いうちはただ踊りに専念していてもいいです。しかし、今はYO-SIN事務所を私が管理していますが、将来は自分でマネジメントしていくべきでしょうね。
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ハイチ地震支援とか、もっとダンサー主体でやっていいと思う。
TDM
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甘やかすことなく、必要なこととしてレールを提示してくれるなんて、サポートの仕方がすごくありがたいですね。ダンス業界のビジネスレベルの見本がないので、実験をしては、失敗を繰り返してます。
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高瀬
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ビジネスレベルの見本がないというのは、これまでどこも手を出してないだけなのか、儲かると思っていないか。いろんな業界がヒップホップの価値を理解して仕掛けている人がそんなにいるとは思えない。たとえば、ある企業やメーカーが広告で何かを使うときに、ヒップホップの音楽やダンスやスタイルをパッと浮かんでくれるようになることも今後の課題ですね。素晴らしいものを生み出すアーティストはダンス以外にもたくさんいるはずで、もっと評価されてもいいんじゃないのかという気持ちがあります。そういう視点を様々なディレクター、プロデューサーたちに持ってもらえるような現実を作れたらいいですね。
あとヒップホップに関して言えば、僕なりの見識ですが、日本はまだまだそのスタイルの提示が薄い。もっとそのメッセージを伝えていけばいいのにと思ってしまいます。まぁ、私と世代や時代背景の違うところでYO-SINたちは生きているので、全ては理解できないかもしれないけれど、ビジネスでは、何かが周りにいろんなものが存在していて、そこで初めて商売が成り立ちます。「これは、若い世代に受けそうだな」とかその社会的価値をどこに見出すかは、多少センスの世界になりますね。ある程度売れてしまえば、後はとんとん拍子に流れていきますが、まだまだヒップホップのダンスはマイナーなので、一応、発展する余地があるんだろうなという可能性を信じてやっています。まぁ、人が儲からないと思っている分野だから、そう簡単ではないかもしれませんけどね。
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TDM
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その辺はダンサーは受け身になりがちなので、自分を発信することに対してなかなか疎い人間が多いかもしれません。
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高瀬
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たとえば、ハイチ地震支援事業とか、もっとダンサー主体でいろいろやってもいいと思います。 また、1000万円かけても1001万円が戻ってくるくらいでもいい、それくらいの勢いのことを仕掛けてもいいと思ったり、社会的な問題意識を持ったプロデューサーがいないんですよね、今は。
武道館やアリーナを埋めた、だから何になるのか?もちろんエンターテイメントに影響力を持つことや、高いレベルであることに越したことはないけれども、実は、ダンサーが声かけたほうが面白い人間が集まったりすることもあると思います。なおさら、ヒップホップだったらそのエネルギーや社会的価値があるんじゃないのかなと。
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TDM
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ダンサーそれぞれ地元があるでしょうから、その“地元愛”で、YO-SINのように地元のお祭りに出て喜んでもらえる現状をもっといろんな地域でもやって欲しいなと思いますね。東京から地元に帰るダンサーと、何かしらの形で貢献できる仕組みができることも夢じゃない気がしてきました。
今回のお話は勇気をもらえたダンサーも多いと思います。これからも頑張ってください。今日はありがとうございました。
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