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[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せた11名の声〜

2/11(水)〜2/16(月)池袋シアターグリーンで開催されたDAZZLE第三回公演「花と囮」。ダンス・演出は、もとより全ての面で DAZZLEの3年間の集大成となる作品となっていた。鮮やかさ、精密さ、表情、エネルギー、メッセージ性など、ストリートダンスシーンで長年、積み重ねてきた各人の才能が具体化された瞬間のオンパレード。3月31日に行われた劇場主催の「グリーンフェスタ2009」にてグランプリを受賞されました。演劇団体を差し置いてのダンスが評価されたひとつの結果。おめでとうございます。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せた11名の声〜

今思い起こしても、思わずゾクッとさせられた興奮が蘇ります。例によって今回の作品もDVD化、一般発売される予定です。ライブ・エンターテイメントであり、メッセージ性の高い舞台作品であり、谷 聰志氏の手がけるビジュアライズされた映像作品としても十分味わうことができる作品に仕上がることでしょう。

今回は少しタイムラグがありますが、今回の「花と囮」へ寄せられた11名のレビューを一挙公開致します。彼らの感じた”DAZZLE”へのストレートな感情たちをご覧ください。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜

<ヤマグチノリアキ>
ヘアメイクアップアーティスト。雑誌、広告、ミュージシャン等のヘアメイクで活動中。現在はフォトグラファー「joel」としても活動中。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜舞踏でもミュージカルでも演劇でもない新しいジャンルのパフォーマンス。随所に「不思議」が鏤められており、自分でいろいろ考える愉しみを与えてくれる。脚本にはコミックやゲーム等のジャパニーズカルチャーが取り入れられており、ゲーム好きの自分としては(次はこうなるだろう。あれ?違うの?)等と独り愉しんでしまった。特に今回の「花ト囮」は想像を膨らませる所が多く、各人それぞれのストーリーを愉しめたのではないかと思う。

また、演出では「障子」を巧く動かして使ったのが秀逸だった。舞台に臨場感と奥行きを感じさせて目新しかったし、それに準じたメンバーの練習量の多さも感じさせた。ダンサーがキャリアを積んで来ると、ともするとその人のカラーが出過ぎてマンネリ化してしまう事があるが、今回、また新しいテイストの振付が取り入れられていて飽きさせない所はさすが。アフタートークにて「故黒澤明監督の映画の中で『狐の嫁入り』と言う話があり、その『狐の嫁入り』と言う言葉が気になってしまって演じてみたかった。」と言う長谷川さんのコメントがあった。気になったモノをそのまま表現してみたいと言うストレートな切り口は大好き。

次はどんな言葉に心奪われるのか愉しみ。


<木村健太郎>
クリエイティブディレクター。世の中を沸騰させるクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜なによりもまず僕はダズルのダンスが好き。これは生理的に好きとしか言いようがないのだが、こんなにぴったり音楽に吸い付いて、キレがよく、動きが計算されつくされていて、表現に関係しない一切の無駄がない純度の高いダンスを僕は他に知らない。できることならずっと見ていたいくらい。彼らは、僕ら観客の快楽中枢を知り尽くしているに違いない。

第1作「ienai iitai」で僕はその快楽を覚えてしまい、前作「モウイイヨ」ではすっかり中毒になった。本作「花と囮」では、幕が開いた瞬間から禁断症状が出る。そこにテロップだけでセリフのない暗く妖艶なストーリーが進行し、その独特な世界にどっぷり引き込まれていく。次に僕が愛してやまないのがそのクリエイティビティあふれる舞台演出。今までも電車、エレベーターなど、舞台と照明と映像だけで表現するという制約をあたかも楽しんでいるかのような演出アイディアが惜しみなく披露されてきたが、本作では複数の扉にダンスを組み合わせる演出が巧妙で気持ちいい。そして傘を使った全員でのクライマックスのダンスは、体がゾクゾクするほど美しかった。

毎回ダズルの舞台を見終わった後は、長編RPGゲームをやり終えたときのような不思議な充足感に包まれる。そして続編が待ち遠しくなる。このダズルの中毒性が好きだ。


<柳橋閑>
ジャーナリスト/エディター。スポーツ、ビジネスを中心に取材し、「Sports Graphic Number」「GQ JAPAN」などに寄稿。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜今回もまた、深く考え込むことになってしまった。
 指先の動きまで繊細に構築され、チームダンスでは圧倒的な爆発力を感じさせる。身体表現の魅力は健在だ。さらに『花ト囮』では、自由に動く障子戸を巧みに使い、スペクタクルな舞台空間をも作り上げた。公演を重ねるごとにDAZZLEのエンターテインメント性は高まっている。

 しかし、DAZZLEが“厄介”なのは、ダンスと融合しつつも、ときに屹立するように迫ってくる言語表現があるからである。飯塚浩一郎が紡ぎ出すテクストとイメージは挑発的だ。

 前回の『モウイイヨ』では、ゴシック小説的なモティーフが貫かれていたが、今回は「狐の嫁入り」という日本のモティーフが採り入れられた。そして、古い館、不治の病、血、蜘蛛、蝶といった、従来のゴシック的イメージも折り重なるように配置されていく。そうした文学的に濃密な、ある意味ではテイスティすぎるイメージの氾濫は、見る者を霧の立ちこめる森の迷宮へと誘う。そして、舞台上の兄弟同様、我々も出口を見失う。物語の構造とメタファーを読み解こうと必死にあがくが、答えは出ない。

 そんなとき、ふと気づくのだ。押し寄せてくるテクストとスペクタクルの波に身を任せ、豊かなイメージの海で浮遊していればいいのだと。

 考えてみれば、それはスポーツの試合を観戦するときに、しばしば経験することでもある。サッカーのピッチを食い入るように見つめ、両チームの戦術を推理し、勝負のあやを読み解こうとして、頭が痛くなるほど考え込む。しかし、ドリブラーがダンスのステップを踏むようにしてゴールの鍵をこじ開けた瞬間、すべての難題が解決し、歓喜と興奮が訪れる。考え込む必要なんてない、そこにあるスペクタクルをただ楽しめばいい──。

 ある種の結論に達したつもりで、リラックスしてラストのダンスを眺めていると、不意に弟の独白が叩きつけられる。解けない問題をあらためて突きつけられ、我々は茫然としたまま劇場を後にすることになる。

 DAZZLEは“厄介”である。

 そして、それゆえに、何度でも見たいと思わせるのだ。


<咲木音穂>
漫画原作者。naked ape名義にて著書は「DOLLS」「switch」等

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜 前作「モウイイヨ」はDVDのみの鑑賞だったので、今回の「花ト囮」は待望の生DAZZLE WORLD初体験。

全体的に暗めの照明と、背景に白く浮かび上がり進むセリフはまるで、昔やり込んだミステリーノベルゲームを彷彿とさせる。
じっとりと導入部分を我慢して見る。
知ってるんだ。
静かに始まった後、ドカンとインパクトを持ってきて、釘付けにさせてくれるのを。

満を持してのオープニングインパクト。
映像と、音楽と、光と、肉体と、空間を構成する全てに、自分の血が沸くのを感じる。うわーって、本能的に感じる、脳に振動共鳴。
暗闇の中の体と指先の動きを目で追っていたら、とにかく頭が気持ち良くなってくる。叙情的で独特な振り付けから目が離せず、それが連なるステージが一つの闇の蠢きの様に視界を占拠する。
物語としても、映画の1シーンや一個人の思想や、生き方や本能的に感じる気持ちよさや、「アレ」や「コレ」やが渾然一体となって、陰鬱なカタルシスを産んでいる。

前作も、観る度に新しい気づきがあって目が離せなかったけれど、今回も同様。この人たちのダンスに、私の目は慣れるという事がないんだろうか。
いやむしろ、一生私の目を慣れさせないで在って欲しいと思う。


<浜谷英輝>
プロデューサー。TYOプロダクションズに籍を置き、TVCMを中心に活動中。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜初のDAZZLE観賞。 開場30分前に到着したにも関わらず、既に長蛇の列。キャパ200人を越す池袋シアターグリーンが満席状態。「なにごとか!?」と思った。いささか、訝しぎながら開演を待つ。

正直にゆうと、とりたてて僕はダンスパフォーマンスが好きなわけではない。誤解を恐れずに言うと、食わず嫌い特有の発想だが、ダンス = 「とっつきにくい」、「または押し付けがましい。」を連想してしまうからだ。

だけどその先入観は、『狐の嫁入り』とゆうオープニングアクトで綺麗に払拭される。こちらの意思とは無関係に、腕を根っこからグイっと掴まれたかのように、強引に引きずりこまれる。それくらいのインパクト。

また、「狐の嫁入り」とゆうモチーフの選び方が良い。日本全国に広く知られた怪異。好奇心を煽がれる。
そして次に、美しい。「ダンス」なんてゆうヨコモジを使うより、むしろ「舞踏」とゆう言葉の方が相応しい。燐とした、指先までいのちを込めた舞踏がなんとも美しい。

そこに、「コトバ」をプロジェクター投影で、映像として足し算。
更に「生声」を一切省くとゆう、引き算。
絶景を見ると言葉を失くすと言うが、それに似た感覚を覚えた。
ダンスもさることながら、語り部の軸となるコトバが、また可憐だ。

ダンスなのか? コトバなのか? 舞台そのものなのか?と、僕ら受け手に対して多くの入り口を設けているからこそ、皆から愛されるのだ。そう思った。DAZZLEが魅せるこの空間は、実に直情的だった。

また観たい。素直にそう思う。


<尾形真理子>
コピーライター。繊細な感性で世の中と商品との接点を見つけ出す気鋭の存在。心を動かす作品で受賞多数。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜空想にふけるのが好きだった。何時間でもひとりで退屈しないで遊べた。そういう子どもたちが、大きくなって、ダンスに出会って、DAZZLEになった。そんな印象の舞台でした。

DAZZLEの舞台は、ダンスの枠を越えて何かをしたいと言うより、ダンスの枠からあふれた出た何かを、ストーリー構成や、コトバや演出にして、表現してる感じ。
彼らのダンスに惹き付けられるからこそ、彼らの物語の中に入っていけるんだろう。
観る者に伝えたい『何か』が研ぎ澄まされるほど、DAZZLEはもっとおもしろくなっていくと思う。さらなる進化を楽しみに、つぎの公演を心待ちにしています。


<hoshijima>
ミュージシャン。都会的且つオーガニック、タイト且つメロウ、研ぎ澄まされた心地よさを奏でる3ピースバンド「SOUR」のボーカル&ギター。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜「すべてのカテゴリーに属し、属さない曖昧な眩しさ」という彼らのキャッチにもあるように、分類出来ない、という事は表現者として非常な強みであり、同時にそれ以上に苦悩の種でもある。

昨年9月の公演「ココロ:ミ」で共演させて頂いて以来、そんな彼らの表現にとてもシンパシーを感じてきた。 ダンスであれ音楽であれ、根っこは同じ。この胸のうちにある狂おしい複雑な感情を、どうやって伝えようか。 悩み迷いながらもその芯を忘れず、借り物では無い表現を真摯に突き詰め続けてきたからこそ、DAZZLEのダンスには他のそれには無い説得力があるのだと思う。

今回の公演「花ト囮」に至っては、そんな淡い思いが丁寧に、大事に積み上げられた結晶の様だ。
人間性そのものへ疑いを投げかける2重3重に練られたプロットも素晴らしいし、障子や傘など和のテイストを取り入れた舞台装置も見事。卓越した技術は勿論の事、日本人に相応しい、細やかな心理描写は最早世界に誇れる独自の「ダンス」だと言っていいだろう。

同じく「すべての」表現を追い求める同志として、その裏にある一つ一つの研鑽に賞賛を送らずにはいられない。 カテゴライズ不能な「曖昧さ」を保ちながら、同時に緻密に練り上げられた圧倒的なステージであった。


<SHINICHIRO>
プロダンサー。Try-angleやREGISTAでコンテスト優勝・入賞多数。現在はJAPASH!でアジアでも活躍。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜「俺たち舞台やるんだよね」と普段から交流のあるDAZZLEのメンバーに聞かされたのが約3年前になるか。

自分もダンス舞台をシリーズ物でやっていた経験がありその大変さを痛感していた。昨今では一般的な劇団でもダンスを取り入れる事が多いが、ともするといかにも取って付けたような演出になりがちで以外とダンスの必要性が無かったりする。その逆でダンサーが舞台を演出したりするとやはりダンス色が濃すぎてストーリーの方が浮いてしまうのも事実。しかし彼等の表現する舞台の異様なまでに見事に混じり合ったダンスとストーリーの演出は見事としか形容の仕方が見つからない。

まずDAZZLEと言う集団はダンス界でも一種独特な存在感を放つ唯一無二な存在であると言う事。多様なスタイルがあるストリートダンスの世界でも彼等と同じ様な表現方法を持つ者は他にいない。知り合って10年近くになるが彼等は初めからこのスタイルを確立していた。正にオリジナルと言えよう。

そして彼等の舞台の素晴らしさは何よりそのストーリーの秀逸さに他ならない。三作共に舞台設定、背景、演出も様々であるが共通しているのは「イタズラ心」ではないかと感じる。売れっ子小説家が描く最後の最後に読者の予想を超える大どんでん返し的なイタズラである。第一作目のienai iitaiのタイトルは何故アルファベットなのか?今作の花と囮も然りである。そこらの映画や小説よりよっぽど興味をそそるタイトルだし見終わると納得の結末と一抹の余韻。劇中はゲームで言うサウンドノベル的な進行がまた観劇者を一層DAZZLEワールドへと引き込んでくれるだろう。かく言う自分もその世界感に魅せられた一人である。

ストーリーだけを切り離して小説にしてもヒットしそうな内容なのに一流のダンサーが労力を惜しまず半年もかけて作り上げた珠玉の作品達。通常ダンサーが一作品に費やす時間は多く見積もっても3ヶ月が常だろう。一度見れば次の作品が待ちどおしくて仕方ないそんなDAZZLEワールドをあなたも是非覗いてみては如何だろうか?


<EBATO>
プロダンサー。サザンオールスターズ・ケツメイシなど数多くのアーティストのライブやPV、CM、舞台の振り付けをする。電撃チョモランマ隊のメンバーとして2006年メジャーデビューDVDをリリース!お茶の間ストリートダンスチームを目指し活動中!

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜 DAZZLEとはダンスコンテストで知り合い、よきライバルとし ていろいろな刺激を求め合ったチーム。彼らはストリートダンスのフィールドにいながらその概念にとらわれない1つのオリジナルジャンルのダンスを確立させた。

その作品にある強いメッセージがストリートダンス界にいままでなかった芸術性を高めた。
類まれなるユニゾン、パズルのような振り付け、そして高いテクニックは観る人を興奮させる。
それでいて人間の心の奥底にある何かをつつく。

今回の彼らの作品『花と囮』

ファンの1人として観てみたかった『和物』

彼らが取り入れたのは隠微な和

冒頭の狐の嫁入りから始まりその世界観に物語にどんどん引き込まれていった。可動式の障子は見事な演出で広い屋敷を表現していた。むしろこの障子の段取りはダンスを練習して完成させるより難しそうに見えた。すごい!

そして僕がとても気に入っているのが蜘蛛!本物の蜘蛛はきっとあんな動きはしないんだろうけど、蜘蛛より蜘蛛に見えた!細かいことを挙げていくときりがないほどのいろいろなアイディアがいっぱい出てきて途中でメモを取りたくなったくらい!

公演を見終わってやはり心の奥底の弱い部分をつつかれたような、自分を見つめ直して反省するようなそんな気持ちになった。一切言葉を発しないダンスの公演ながら小説を読んでいるような、あるいは映画を観ているようなしかもLIVEでという新感覚エンターテイメント。これから先も僕をどんな気持ちにさせてくれるか期待をして止まないダンスチームそれがDAZZLEです。


<ZIN>
プロダンサー。浜崎あゆみ、w-inds、後藤真希等のバックダンサー

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜 ダズルは10年くらい前から知っていましたが、その時からもストリートダンサーの異端児的な存在なイメージでした(笑)

今回、舞台を初めて見させてもらって、完全に圧倒されました。脳内ドーパミン出まくりでした。
そして、何より感心したのは、ダンサーの舞台ってやっぱりダンスで見せるのが一番だけど、ダンスをわからないお客さんでも楽しめる演出やストーリーになっていて、でもダンサーのこだわりもしっかり組み込まれていて、エンターテイメント性が高く、とても見やすかったです。

ぶっちゃけそこら辺の舞台より楽しかったです(笑

また次回ある時、見たことのないみなさんも是非足を運んでみてください!!
俺は行きます(笑)


<杏奈>
コンテンポラリーダンサー、振付家。振付家、ダンサーとしてオペラ、ミュージカル、映画等そして他 ジャンルのアーティストとのコラボレーション等、またイベントをプロデュースする等、活動域は多岐に渡る。国内外で受賞多数。現在東京新宿区にあるStudio Dansage主宰。

[Review] DAZZLE〜花と囮に寄せて〜 DAZZLEのダンスを初めて観た第一印象は「重量感のあるダンス」と いうこと。
身体が鉛のように重いもので出来ているかのように大地にペタッと張り付くような質感がとても面白いと思ったのを憶えています。

リーダーの達也君は、私の作品を踊って貰う事も多く…振付を達也流にアレンジして踊ってくれるのですが、その発想にはいつも驚かされます。以前「関節を逆に曲げたい」とも言っていましたし…身体や動きに対する興味は相当なものだと思います。

彼等はストリートダンサーでありながら、その動きと空間のセンスにはアートを感じます。
それは「ストリートダンスは、こうでなければならない」・・・という「何か」を、壊す事を恐れない勇気があるからだろうと感じています。やりたい事をやっているはずなのに、何かに捕われてしまう事は誰にもあると思うのですが、それを突破することはそんなに簡単な事ではない。でも、彼等はそれを作品にして堂々とやってしまう。凄いですよね。

DAZZLEの公演は毎回観させて頂いているのですが、今回の「花ト囮」は動き回る装置を操り、目紛しく展開する空間その中をいくつものカラダが織り込まれていくそうやって出来上がった織物(作品)は繊細で美しく、そして危険で妖しい輝きを放っていました。

私も妖しい世界に引き込まれておりました。

これからも、その時のDAZZLEが活きる舞台を作っていってください。応援しています。

***

おまけ。

<TDM STAFF>〜もしもここがブロードウェーだったら〜

“ブロードウェーでDAZZLEを発信したら、観客はどんな反応になるだろう・・・”
“スクリーンの文字を英語にすれば外国人にもわかるはず。でも漢字をモチーフにした演出に違いが生まれてしまうかもしれない・・・ま、その辺は浩一郎さんの力量で何とか・・・”

まだ見終わっていない一部の途中くらいから、私の頭の中ではそんなことを勝手に考え始めていた。その時点で今回の舞台の成熟度を覚えてしまったのだ。

辛口発言ですが、自然と達也さん、もしくは金田さんに目が行ってしまうところも正 直なところ。ダンサー各人にスキルはあり、構成美とユニゾンが見せる表現力、芸術性には圧巻。また、独特な世界観を表現するメンバー各人の総合力がDAZZLEの根源を担っているといえるだろう。世界発信のアーティストとして、他のメンバーが輝く瞬間に魅了されてみたい。

作品中たまに見られる個々のフリーでの動きを見ると各人が別々のいろいろなジャンルのダンスに精通していることがわかる。その中から、DAZZLEというスイッチを押した瞬間に出せるエネルギーはフリースタイルで出せるエネルギーより劣ってしまうのかもしれない。

演劇であれば配役があるので、その役割に徹するべきだが、演技力といった意味でのレベルの優劣は必要ない。ダンスも同じではないだろうか。 今回であれば役柄もあるかもしれないが、踊りの表現で強弱をそれぞれがつけていて、その視線の集め方は彼らの思惑かもしれない。それにまんまと引っかかっていたとしたらDVDを見てもっと他のメンバーの動きも研究したいが、とりあえず舞台本番で受けた印象はこれだった。

んー、、、しかしまぁ、カンパニー的組織として作品を創る上では必要なエネルギー配分なのかもしれない・・・その辺はストリートカルチャーと同じ価値基準では測れない・・

と思ってきたところでこの思考をやめてみる (笑) 。
だって、見終わった頃には「花と囮」の世界にどっぷり浸かった気持ちよさで、否定的な意見が何も生まれなかったのだから。もしもブロードウェー公演が実現した暁には、海外メディアはDAZZLEのダンスを分析し始めるだろう。そんなメディアの記事を読むのが楽しみである。(最後まで勝手な想像。)

2009年04月10日 01:14 [ 投稿者 : TDMstaff ]

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