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[NEWS] R.I.P Frosty Freeze (Rock Steady Crew)...
残念なニュースが入ってきました。
Rock Steady Crewのフロスティー・フリーズ (Frosty Freeze) が亡くなられたそうです。享年44歳でした。
昨年、結成30周年を迎えたRSC。彼らは今年6月にも31年目を記念し、全世界のBBOYが集まるイベントを行う準備を進めていた矢先の訃報です。30年前から、RSCの元リーダー、クレイジー・レッグス(Crazy Legs)と共に、ブレイキン/ヒップホップの魅力を伝え続けてくれた神様の一人でした。
葬儀は現地時間の本日午前9時からNYで行われると、レッグスが公式サイトで告示しています。
本当に心からご冥福をお祈りいたします。
■情報元:[追記]ロック・ステディ・クルーのミスター・フリーズ、享年44歳の若さで死去。(notrax) - Yahoo!ニュース
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このニュースを聞き、アフロの若かりしフリーズが見たくなって、あるDVDを見返しました。映画「スタイル・ウォーズ (Style Wars)」です。RSCを含め、ヒップホップカルチャーを生み出したまだ10〜20代のアーティストたちが映る貴重な映像のドキュメンタリー。
※皮肉にも、タイムリーと言うか、なんと言うか、このDVDにコメントを頂いた日本を代表するBBOY・HORIE氏のインタビューは現在公開しております。
当時まだ14・15歳であろうフリーズ少年は、その名の通り“フリーズ”を生み出す名手でした。いつも違う形のフリーズでバトルをし、相手をおちょくるお茶目なキャラクターが伺えます。レッグスと共に、当時のBBOYの中で注目を集める存在でした。
今ではブレイキンの王道となっているバックスピンも“バックブレイカー”という名をつけて最初に編み出したのは彼。後に全世界にダンスブームを巻き起こす映画「フラッシュ・ダンス(Flash Dance)」(1983)のラストシーンで披露されている別名スイサイドの原点でもあります。(ちなみにシーンの撮影時レオタードを着て回ったのはレッグスだと言う事実は言わずもがな。)
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彼を知る上で個人的に好きな写真があります。
1981年4月22日号の前衛的なニュースペーパー「ヴィレッジボイス(Village Voice)」の紙面を飾った一枚で、今回レッグスがRSCの公式サイトのForumで公開してくれています。(一番上・フリーズが横を向いているもの。)
1980年、当時地下鉄を中心としたグラフィティアートを撮り続けていたニューヨークポストの専属カメラマン、マーサが耳にしたブレイキン。(当時は“ロック(Rock)”と呼ばれていたそうです。)その光景を収めたいと、1年かけて探し出したBBOYたち8名は、まだ幼い少年たちでした。マーサは疑いながらも目の前で繰り広げられたブレイキンバトルに唖然とします。こうしてマーサの写真が飾られた紙面をきっかけにNYの都心部でのブレイクダンスが披露される機会が増え、世界にダンスブームのきっかけを生んだ「スタイル・ウォーズ」、「ワイルド・スタイル」、「フラッシュ・ダンス」etcといった映画へと繋がっていきます。
当時の彼らの何気ない日常が、ダンスの歴史という時間になり、この土壌の下で世界のダンスシーンが存在している・・・そう思うと、感謝を超えて、尊敬を超えて、彼らの幼心にも完成されていた“武器ではなくダンスで勝負する”という純粋なBBOY精神は、地球の財産になり得ると思います。HORIEさんもおっしゃられていましたが、世界平和もこれほどの情熱的で純粋な気持ちがあれば実現できるのではないかと思えてきます。
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「スタイル・ウォーズ」DVDの特典ディスクには、大人になった彼らたちのインタビューが収められており、2002年のフリーズが映画撮影時を回想したり、見事なフットワークを見せてくれています。また、病気を98年に患い、今後の自身の人生を“a limitted bboy”(制限付のBBOY)と表している部分からは、6年後の未来を覚悟していたのかもしれません。
心からご冥福をお祈りいたします。
TDM STAFF imu
2008年04月08日 12:57 [ 投稿者 : TDMstaff ]
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