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saekoのキューバ日記。の投稿
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[Saekoのキューバ日記] 番外編:HAVANA RAKATAN
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[Pick Up Event]2010.08.06(Fri)〜08.15(Sun)
ステージで弾けるキューバのダンスと音楽の陶酔のリズム。「HAVANA RAKATAN」
さて、この何カ月か気まぐれながらも、キューバをテーマに書き続けた。気まぐれなため永遠に書き続けられそうな勢いだ。滞在中真っ只中のキューバ、帰国して振り返るキューバ、日本の生活とのギャップに驚くキューバ。時が経ち、懐かしくなっちゃったキューバ、それでも色褪せないキューバ…。とまあ、言ったらきりがない。キューバにしがみついた人生を送り、エセキューバ人としてコラムを書き続けようと思えばできる。みなさんに申し訳ないが言論の自由の権利を持っているからだぁ!しかし、それはHIP HOP風に言えば「REALな人生か?」という部分において、ものすごく説得力に欠ける。
キューバに滞在して一年半。『結局よくわからないし、語れるような何かをしたという自負もない』と思っているのが私の"REAL"かもしれない。私はこの場をかりて、経験して心がどう動いたのかを書いていただけなのだ。自分探し的なそんなナルシズム極まりない日記に付き合わされていたのかと驚かされているみなさん、ここまで読んでしまったなら、もうあきらめよう。もちろん、自分探しをしている余裕が私の人生にはまだないが…。どこにいようと何年かけようとわからないものはわからない。今まで生きていた自分が、ものすごく変わるということでもない。いきなり外国人に生まれ変わるわけでもない。ただ普段の自分とかけ離れた場所にいると、いつも見ようとしてきた物事が「自分にとってどういう存在」であったのかを知る機会になる。危険から身を守ること、ごはんを食べてよく寝られること。落ち着いた生活ができるようになること。好きなことをすること…生きるための一つ一つの選択を「なぜそれを選んだのか、それは菅谷早映子(私の本名)だからだ」と、まぁこんな感じである。
キューバでも日本でも、土地、流れている時間、人々の暮らし、歴史、そういうのがただあるだけで、キューバで生まれたとか、滞在時間の長さとか、政治運動に関わったとか、チェ・ゲバラのマニアだとか、ダンスの歴史をキューバ人以上に知り、キューバの代表的なダンサーと知り合いだとか…そういうことを経験し、知ったからといって、キューバを分かっている理由にはならないだろう。大切なことは、自分の価値観、誇りがぶれないことだ。生きる迫力をもった人間には、人にパワーを与えることのできる更なるパワーをもつことができるのだ。まずは自分で感じる機会をつくること。そこで出会う人々、物事は、すべて自分にとって特別な存在に見えるだろう。
もっと言えば、私もそこで歴史を担う一因になっているし、もし私がキューバに滞在していなかったら、やはりそこでは違う結果の世界が流れているともいえるのだ。国とは、そこに住んでいる土地と人で大方作られたなんとなくの世界であり、生きるための知識と経験、掟、多くの絆でできあがった世界。つまりその人そのものがキューバであり日本の生み出した結果なのだ。さて、まったく本題に入れずにいるのだが、ここは力技で話題を変えたいと思う。
BALLET RAKATAN
聞いたことのない名前だった。キューバにて、ダンスおたくぶり発揮していたのだが、ラカタンを見られずに日本に帰国した。ラカタンの舞台第一幕目はモロ要塞を伺えるマレコンの海。後ろで演奏するバンドの音色はキューバでもっとも支持を集めている宗教、santeria(サンテリア)の神々の一つ”母なる海の神”と知られているyemaya(ジェマヤ)。この背景にルンバ、マンボ、カシーノ、レゲトン、しいてはキューバ流ヒップホップまでといった現代のキューバの若者を反映するようなダンスが展開される。私はまずこのシチュエーションに興味を抱いた。
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マレコンは、数多くの人間ドラマを演出してきた特別な場所である。みんなが黄昏、恋が生まれ、別れを惜しむ場所であり、国民的フィエスタの時にはマレコンが整備され、舞台の中心になる。そんな場所だ。マレコン(海の名前)とマリコン(おかま)を何度も間違えた記憶が鮮明によみがえる。マレコンはキューバ人の為だけでなく、私たち外国人にとっても重要な場所であった。マレコン通りを歩くと必ず、嫌な気持ちになる言葉を一回ぐらい(笑)。でもそれと同時に面白い出会いもいっぱい。夜になると友人たちでビールを買ってマレコンまで何度もくり出した。そういう時だいたい踊ったりしていると周りにいるハバネーロ(ハバナで生まれたキューバ人)とすぐ友達になれた。
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マレコンの海はキューバの歴史すべてをもの語る。去りゆくもの、たどり着くもの。その絆が本当に尊いなと感じる場所である。ただの海ではなく、家族や、恋人、友人、尊い絆に大きな隔たりを与える存在でもあるのだ。キューバの土地から出国できるキューバ人数は少ない。出国できた者の中でその後帰国をしない者も少なくない。私も二度目のキューバですでに国を出てしまった友人が2人ほどいた。去年キューバで爆発的にヒットし老若男女歌えるレげトンの曲の内容は、マイアミに亡命していった恋人との長い距離をさわやかに歌い上げるものであった。屈託のない笑顔と明るく力強くいきているキューバの人たちは、家族、友人を見送ること、自分が見送られるかもしれないこと、なんとも言えない切なさを抱えて生きているのだ。
舞台は現代から一気にそのルーツ、起源にまでさかのぼり、少しづつ現代に戻ってくるような内容である。現代の若者を反映するようなダンスの後は、そのパワーを誇示するようなフラメンコダンスが始まる。フラメンコは今でも数多くの子どもたちがキューバで踊っている。もちろんその力強さと美しさに感動し踊り始める人も多いが、スペイン系のルーツを持つ子どもたちは、そのほとんどがコミュニティーに入る。そしてそこで自分たちのアイデンティティーを確認するかのようにフラメンコを習っているようだ。(もちろんフラメンコはスペインに住むジプシーが始めたものなので、スペインのダンスというと語弊があると思うが。)
舞台は何かを威嚇し厳しすぎるとも思えるフラメンコから、アフリカコンゴ族の踊りPALO(パロ)そしてダホメイ族のARARA(アララ)へと流れていく。ここではフラメンコを植民地時代の支配者に例え、パロを支配される側に例え、少し痛々しい気持ちにさせるのである。ここにきてやっとわかった。この舞台はキューバの歴史、抱えてきた問題とどう乗り越えていったのかを表現しているのだと。舞台全体に広がる陽気な雰囲気とダンス、音楽の技術力の高さからついつい見逃してしまいがちだが、歴史背景からキューバ人の強さ誇りを伝えたいのだと。
次に出てきたのはトラディショナルなダンス。ZAPATEO(サパテオ)。フォークダンスにタップのようなステップが印象的。優雅なメロディーにたまに入る力強いステップ。このダンスはスペインの植民地であったラテンアメリカの国ではどこにでも存在する。キューバのサパテオはスペインのアンダルシア地方とエストレマドゥラから原型をとどめて伝わり、受け継がれていると言われている。
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そしてSON(ソン)。これはサルサの原型と言われているダンス。バックミュージックは世界で最も知られているといっても過言ではない“CHAN CHAN”(ブエナビスタソシアルクラブで一躍世界に広がった音楽)。ラカタンらしい美しいソンを踊ってくれる。「マニーはいらんかね〜」の言葉でお馴染みのマニー(ピーナッツ)売りを題材にしたダンス。よくキューバのダンスカンパニーで見かけた。マニーは…といいながらたまにお菓子をくれたりする。“南京売りの少女”(日本名)の音楽とともにDANSON(ダンソン)の影を残しながら踊るミュージカルダンス。ドミノ遊びに明け暮れる男たちとそんな男たちをしょうもないと思いながら眺める女子。キューバでよく見かける光景だ。
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舞台はここで折り返し地点。音楽を担当するTORQUINO(トルキーノ)だけで魅せるつかぬ間の演奏。そこへ威勢のいいダンサーたちがMAMBO(マンボ)で登場。マンボを踊る時、いつも色っぽく踊りなさいと注意されていたのを思い出す。1930年代に生まれた音楽はその後メキシコに渡り、現在の形となり50年代にアメリカに渡り世界的に認知される。マンボと同様トラディショナルダンスとして、いつもセットで舞台に出てくるCHA CHA CHA(チャチャチャ)はステップが少し早く軽快なダンスである。こちらは色っぽいというよりかは「笑顔で楽しく」がキーワードであった。石でできた床と靴の音がすれて鳴る音からチャチャチャという名前になったようだ。この二つともキューバからメキシコに渡りそこで最盛をむかえるのだ。ダンスもやはりメキシコで多様なダンスになる。ステップや姿勢のバリエーションはメキシコの方が多いようだ。
舞台はコンテンポラリーダンスを間にはさみながら、要所にキューバ発祥のダンスを織り込む形で進んでいく。次に登場してきたダンスはハバナとマタンサスで誕生したルンバ。この間NHKで競技ダンス世界選手権を見ていたらルンバという種目に出くわした。解説員もキューバが発祥…どうとかこうとか。しかしながら似ても似つかないくらい様変わりしている競技ダンスの中のルンバ。唯一の共通点は、床に足をすりながら踊るというところだけ。なんてまぎわらしい!とつくづく思った瞬間であった。キューバ発祥のダンスがいろんな場所で踊られているが、大分様変わりしているものも数多く、キューバのダンスがなかなか世界に伝わらない所以かもしれない。
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さて話を戻すが、ルンバには3つほど種類がある。ここでは3種類のダンスが絶妙に一曲の音楽の中で表現され移り変わっていく。YAMBU(ヤンブー)とGUAGUANCO(グアングアンコー)とCOLUMBIA(コルンビア)。ラカタン風ルンバは個人的には私の思う「味のあるルンバ」ではなく舞台用に作り替えられたミュージカルダンスになっているよいうで少し残念だった。ここで少しルンバダンスそのものの話をさせてもらう。個人的な話だが、私はコルンビアのダンスをしたくてキューバに行ったといっても過言ではない。
19歳のある日。NYのファニアオールスターズとキューバの歌姫セリアクルースがザイールのキンシャサ(現コンゴ民主共和国)で、ライブを行った時の(モハメドアリの最後の戦いのときにアフリカをルーツに持つ数多くのアーティストが集結、ライブを行った)DVDを見て感動しまくったのだ。ライブの中でボンゴを叩く一人のミュージシャンが、途中でとんでもなくカッコいいステップを披露する。その時の衝撃は今でも忘れない。しばらくの間、そのダンスがなんなのか、名前すらわからない日々が続き、とりあえずキューバという国のダンスらしいということだけしかわからず、悶々としていたのだ。少しづつ情報を集めていくと、どうやら男性の為のダンスらしいということがわかった。ビール瓶をおいて、その瓶をいかに倒さず早いステップを踊るかというゲームなのだと誰かから聞いた。女性は踊ってはいけないのか…と打ちひしがれそうになったもののキューバへの熱はおさまらず、留学してみたのだ。そこでわかったのは、女性もコルンビアを踊っていいし、なんとなくだが女性のコルンビアの踊り方というのがあるのだ。晴れて私はコルンビアをたくさん踊ってきた。また都市伝説的な話としては、マイケルジャクソンのあの独特な動きはコルンビアがルーツになっているという話であった。ぜひ、マイケルジャクソンの人気にあやかりつつ、コルンビアのダンスのカッコよさが、世界中のダンスファンに伝わればいいと思った。
話がどんどん趣味の方向へ向かいそうなので、あきらめて再びラカタンの舞台について。
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いよいよクライマックスだがトルキーノの演奏、歌い手2人よる15分に及ぶショーを存分に見届けた後は最後のダンス。LUEDA(ルエダ)から始まるCASINO(カシーノ)の踊り。カシーノの説明は以前コラムで触れさせてもらっているので控えさせてもらう。カーテンコールまで持っていくダンスとあって、ダンサーも演奏者もみんなで情熱の引き出しあいになる。キューバダンスの魅力は、私が思うに決して派手な大技をいれるわけではないのだが、音楽とダンスのぴったりとはまる場所を心得ている感じというか、お互いにどこか一歩引いて共存をしている感じで一緒に盛り上がっていく感じが面白いのだ。キューバダンスで観客が盛り上がる瞬間は、大技をしたからとか、観客に投げキスをしたからとかいうことではないように思える。これは見ればなんとなくわかると思うが、ダンスと音楽そのものがいい。そんな瞬間に拍手が起こるのだ。
ラカタンの舞台は、AFROの踊りが好きな私にとっては、もっと道で踊られているようなものを見たいと思ってしまう気持ちがあるのは否めない。しかし、それがキューバの舞踊団らしいといえば、らしいのだ。情報と物の少ないキューバ、日本人の若い世代の人たちからすると、衣装も一昔前の匂いがするかもしれない。しかし私は、彼らが誇りを持って踊っている姿をぜひみてほしいのだ。外見に惑わされずキューバダンスの醍醐味「おちついて味をだす」この瞬間を目撃してもらいたいと切に思っている。気が付いたら舞台を応援している。なんだかんだで私もキューバダンス、音楽、人々に魅了されているの感じた。
Saeko
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2010年07月23日 07:15 [ 投稿者 : TDMstaff ]
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